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2007年2月17日 (土)

いち参加者の“雑想” vol.1

外部の大学から本研究会にお邪魔している、藤咲王子です。本名ではありませんが、ほんみょうです。

さて先日、下記の下記の小川洋子『博士の愛した数式』についての発表に参加してきました。発表内容の詳細については、発表者が活字化する(論文等の形にする)際の障壁になることを考慮して深くはお話できませんが、一言で申し上げますと、『博士の愛した数式』からある表象を見出し、ある考察を試みようとしたものです。

『博士の愛した数式』と聞くと、僕の頭には寺尾聡の常に泣き出しそうな顔がすぐに浮びます。それと同時に「感動物語」という言葉も頭をよぎります。おそらく、寺尾聡は別としても多くの人が『博士の愛した数式』を「感動物語」として認識しているということは間違いないでしょう。しかし『博士の愛した数式』という作品を「感動物語」として認識するということは、ある一つの解釈コードを使用してこの作品を捉えているということでしかありません。別の解釈コードを用いれば、作品は当然別の貌(かお)を我々の前に晒すこととなるのです。

この『博士の愛した数式』という作品を「感動物語」として認識するという行為がメインカルチャー(主文化)的であるとするならば、別の解釈コードを用いてこの作品を捉えるということはサブカルチャー(副文化)的であると言えるでしょう。本研究会の目的の一つは、下記のゼミ長の「はじめましてのご挨拶」にもあるように、「サブカルチャーの構造に対して、あらゆる側面からのアプローチを試みよう」とすることです。その意味では、今回の発表は「文学」という文化現象のサブカルチャー的解釈を試みたものだということになります。

このようにサブカルチャー(的なもの)に対するアプローチを続けた先には、一体何があるのでしょうか。僕は本研究会への参加を通じて、それに対する自分なりの答えを見出していきたいと考えています。

…ところで、僕は寺尾聡を見るとどうしてもJAYWARKのボーカルの中村耕一を思い出してしまいます。だって…、ねえ、普通に似てません?

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コメント

>この『博士の愛した数式』という作品を「感動物語」として認識するという行為がメインカルチャー(主文化)的であるとするならば、別の解釈コードを用いてこの作品を捉えるということはサブカルチャー(副文化)的であると言えるでしょう。

そうですよね!そうなんですよね。
捉え方を変えていくことで見えてくる新しいもの、それを探す快感。わたしはこのゼミでそういうものを見つけていけたらとも思っています。

そして記事、ありがとう。
すごい嬉しいし面白いです。
みんなも書くといいよ。
ね。

さすが王子くん。
なんか立派だっ!
オレはコメントで頑張るよっ!?

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